人気ブログランキング | 話題のタグを見る

生物系大学院生のノート

camrus.exblog.jp
ブログトップ
2015年 07月 19日

論文紹介:豊かな環境は視床下部-脂肪細胞軸を活性化して白色脂肪の褐色化を促進する

痩せるために消費エネルギーを増やすには、運動するしかないと考えられがちです。しかし、前々回紹介した論文は食事の内容によってエネルギー消費量も変化するということ、前回紹介した論文は食事の時間帯によってエネルギー消費量が変化することを示していました。エネルギー摂取量は私たちの食べたものだけで全てが決まっていますが、エネルギー消費量の制御は複雑で、たとえ身体活動量が変化しなくても、上記のように生活習慣によって変わってくるのです。今回は、過ごしている環境がエネルギー消費量に影響を与えうるという内容の論文を紹介したいと思います。今回の論文も動物実験の内容なので、必ずしも人間に適用できるとは限らないということを踏まえた上で読んでください。

著者らはこの論文以前に、豊かな環境で過ごした動物の記憶・学習などの脳機能が向上することを報告していました。また、それと同時に豊かな環境で過ごした動物が太りにくいということも見出していました。本論文では、豊かな環境下で飼育したマウスの代謝の変化を特に脂肪細胞に注目して解析しています。

1.豊かな環境は体脂肪量を減少させる
この論文では、マウスを通常のケージで飼育した対照群と、豊かな環境で飼育した実験群に分けて体重の変化を比較しています。豊かな環境というのは、通常よりも広いケージの中に、回し車、種々のおもちゃ、トンネル迷路などが置かれたものです。1ケージに5匹のマウスを飼育し、離乳したばかりのマウスを実験に用いました(対照群も同様)。この環境下で4週間過ごした実験群のマウスは対照群のマウスに比べて痩せており、体脂肪量が減少していました。脂肪を除いた分の体重には変化がありませんでした。豊かな環境では回し車が置かれており、マウスの運動量が対照群よりも増加していることが考えられます。よって、この結果だけでは運動量が増えたから痩せたのか、豊かな環境の効果なのかわかりません。そこで、次に通常環境で回し車だけを設置したランニング群を用意し、体重を測定しました。その結果、ランニング群でも実験群と同様に体重が減少しましたが、体脂肪量は実験群よりも減りませんでした。
体脂肪:対照群>ランニング群>実験群
つまり、実験群で見られた体脂肪の減少は、単に運動によるものではないということが示唆されます。次に、対照群と実験群の摂食量とエネルギー消費量を測定しました。摂食量・エネルギー消費量とも実験群の方が高く、豊かな環境下で痩せるのは、エネルギー消費量が増加したためであることがわかりました。豊かな環境における運動の効果をさらに詳しく調べるため、豊かな環境から回し車だけを取り除いたノーランニング群についても体重を測定しました。ノーランニング群では体重は大きく減少しませんでしたが、体脂肪量の減少が見られました。つまり、豊かな環境で体脂肪を減らすために、運動は必須ではないということになります。
この結果から、豊かな環境は身体活動以外のメカニズムによって体重の減少を引き起こしていることが考えられます。彼らの以前の研究から、豊かな環境が脳機能に影響を与えることがわかっているので、脳の遺伝子発現について調べました。すると、面白いことに、ランニング群では視床下部において副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの遺伝子発現が増加していましたが、実験群ではこの増加は見られませんでした。副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンは、代表的なストレス応答性ホルモンです。この結果からは、豊かな環境によって痩せるメカニズムはわかりませんが、通常の環境下で運動だけした場合、ストレスが溜まり、豊かな環境下ではそのストレスが解消されるという可能性が示唆されます。

2.豊かな環境は白色脂肪細胞の褐色化を促進する
豊かな環境下での飼育は、後腹壁の白色脂肪組織において、脱共役タンパク質をはじめとする褐色脂肪細胞に特徴的な遺伝子の発現を増加させました。以前の記事でも書いたように、脱共役タンパク質は褐色脂肪細胞においてミトコンドリアの電子伝達系をショートさせてエネルギーを消費しながら熱を作る分子です。一方、ランニングは褐色脂肪組織において脱共役タンパク質などの遺伝子発現を増加させました。このことから、豊かな環境と運動はそれぞれ別のメカニズムによってエネルギー消費を増加させることが示唆されます。

3.豊かな環境は食事誘導性の肥満を予防する
次に、対照群と実験群のそれぞれに高脂肪食を与えて体重の変化を見ました。実験群では、高脂肪食による体重の増加が抑えられ、体脂肪量も半分程度に抑えられていました。摂食量は通常食の場合と同様に、実験群の方が高い傾向がありました。つまり、体重の増加が抑えられたのはエネルギー消費が増加したためであると考えられます。実験群の後腹壁脂肪組織では脱共役タンパク質など褐色脂肪に特徴的な遺伝子の発現が増加しており、白色脂肪細胞の褐色化が起きていました。実験群では、血中のブドウ糖、コレステロール、レプチン、インスリンなどが低く抑えられ、糖尿病症状を示さないことがわかりました。

4.豊かな環境は交感神経刺激に対する白色脂肪組織の反応性を向上させる
白色脂肪細胞の褐色化や、褐色脂肪細胞における熱産生の活性化には、交感神経の神経末端から放出されるノルエピネフリンが重要な役割を持つことが知られています。豊かな環境下で飼育されたマウスの白色脂肪組織ではノルエピネフリン含量が増加しており、白色脂肪組織を神経支配している交感神経が活性化していることが示唆されました。交感神経は白色脂肪組織において脱共役タンパク質の発現を増加させます。これもノルエピネフリンによる作用です。次に彼らは、マウスにノルエピネフリンを投与して交感神経が活性化した時と同じような状況を引き起こして、白色脂肪組織の遺伝子発現変化を調べました。低用量のノルエピネフリンは対照群の白色脂肪組織には効果がありませんでしたが、実験群の白色脂肪組織では脱共役タンパク質の発現を増加させました。

5.脳の視床下部が豊かな環境による白色脂肪細胞の褐色化を仲介する
脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor, BDNF)は神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進などの神経細胞の成長を調節する分泌タンパク質です。彼らは、以前の研究で、豊かな環境が視床下部においてBDNFの発現を増加させることを報告しています。また、BDNF遺伝子の発現が低下しているマウスは肥満することが知られています。そこで、彼らは豊かな環境による肥満防止効果がBDNFによって引き起こされているという仮説を立てました。最初に、彼らはマウスの視床下部でBDNFを過剰発現させる実験を行いました。BDNFを過剰発現したマウスは予想通り、体重と体脂肪量が低下し、白色脂肪細胞の褐色化が促進されていました。次に、視床下部でBDNFの発現を低下させる実験を行いました。このマウスは先ほどとは逆に、白色脂肪組織における脱共役タンパク質の発現が低下しました。さらに、このマウスを豊かな環境下で飼育しても白色脂肪細胞の褐色化は起こりませんでした。この結果は、豊かな環境下における白色脂肪細胞の褐色化には、視床下部におけるBDNFの増加が必須であることを示しています。

論文の内容をまとめると以下のようになります。

豊かな環境で過ごす
視床下部でBDNF遺伝子の発現が増加
白色脂肪組織への交感神経が活性化
白色脂肪細胞の褐色化
エネルギー消費増加
体脂肪量・体重の減少

論文の内容は以上です。以下補足です。
前々回から今回まで三部作のつもりで論文を紹介してきました。これらの論文を通じて伝えたかったことは、エネルギー消費というと運動のことばかり考えがちになりますが、それ以外の生活習慣も重要であるということです。ダイエットの分野では、これを食べれば痩せられるといった胡散臭い話か、何でもバランスよく食べて沢山運動しようみたいな身も蓋もない話ばかりが出てきてしまいがちです。特に、栄養学の専門外で、科学的な考え方に強い人は後者のような結論にたどり着くことが多いのではないでしょうか。確かにそれは一面の真実ではあると思います。しかし、私たちの体は実際にはとても複雑で、生活習慣にまつわる栄養学の分野はとても奥が深いのです。ここまで連続で紹介してきた論文からその奥の深さを少しでも感じてもらえるとうれしいです。



# by camelliarusticana | 2015-07-19 00:36 | 論文紹介
2015年 07月 17日

論文紹介:時間制限給餌は多様な食事パターンに対して肥満を予防・改善する

前回は、同じだけのカロリーを摂取するとしても、栄養素として何を食べるべきか、という話をしました。今回は、いつ食べるべきかという話です。
紹介する論文は、"Time-restricted feeding is a preventative and therapeutic intervention against diverse nutritional challenges" (Cell. Metab., 20, 991-1005 (2014)) です。

肥満の解消のために第一選択となるのは、生活習慣への介入です。これには、食事内容の変更、カロリー制限、運動の増加などが含まれます。しかし、生活習慣の改善には本人の多大な努力が必要であり、すべての人が実践できるダイエット方法は無いと言ってもいいと思います。そこで、より簡単に行えて、かつ、効果的な介入方法の開発が求められているわけです。今回の論文の著者らは、以前に、時間制限給餌が高脂肪食誘導性の肥満を予防することを報告していました。今回の研究では、(1)他の食事パターンによる肥満に対しても有効なのか、(2)既に肥満している場合でも有効なのか、(3)介入をやめた後にも効果が残るのか、(4)現代人の生活パターンに合わせた介入でも効果があるのか、という点について実験しています。今回の論文もマウスを使った実験なので、これがそのまま人間に適用できるわけではありませんが、条件を非常に細かく分けた実験デザインになっているので、私たちの生活の参考になる点も多くありそうです。では、論文の内容を見ていきましょう。

1.実験デザイン
この論文では、12週齢のマウス、392匹を全部で19のグループに分けて実験を行っています。

A)異なる食事内容に対する時間制限給餌の効果
(1)高脂肪・高果糖食/自由摂食
(2)高脂肪・高果糖食/時間制限
(3)高果糖食/自由摂食
(4)高果糖食/時間制限

B)時間制限条件の緩和
(5)通常食/自由摂食
(6)通常食/時間制限(15時間)
(7)高脂肪食/自由摂食
(8)高脂肪食/時間制限(15時間)
(9)高脂肪食/時間制限(12時間)
(10)高脂肪食/時間制限(9時間)

C)介入終了後の効果の持続
(11)高脂肪食/時間制限(平日)+高脂肪食/自由摂食(週末)
(12)高脂肪食/時間制限(25週間または38週間)
(13)高脂肪食/時間制限(13週間または26週間)+高脂肪食/自由摂食(12週間)
(14)通常食/時間制限(25週間または38週間)
(15)通常食/時間制限(13週間または26週間)+通常食/自由摂食(12週間)

D)時間制限給餌による肥満の治療効果
(16)高脂肪食/自由摂食(25週間または38週間)
(17)高脂肪食/自由摂食(13週間または26週間)+高脂肪食/時間制限(12週間)
(18)通常食/自由摂食(25週間または38週間)
(19)通常食/自由摂食(13週間または26週間)+通常食/時間制限(12週間)

上記19グループです。実験で扱うマウスは通常12時間の明暗周期の下で飼育しています。ライトが点灯する時間を0時として、12時に消灯、24時(0時)に点灯というパターンです。上に、時間制限と書いて特に時間を指定していないものは13時から22時の9時間の間だけ餌を与えています。12時間の時間制限給餌では、12時から24時、15時間の時間制限給餌では、10時から翌日の1時の間だけ餌を与えます。自由摂食の場合は24時間好きな時に餌を食べることができます。時間制限給餌で、暗期(夜間)に餌を与えるのは、マウスが夜行性だからです。

2.摂食量と体重
最初に彼らは、上記のグループのマウスについて、摂食量と体重を測定しました。

A)自由摂食と時間制限で摂取カロリー量には差がありませんでした。しかし、体重は(1)>(2)となり、高脂肪・高果糖食でも時間制限給餌の効果があることがわかりました。また、高果糖食の場合、自由摂食でも時間制限でも肥満しなかったので両者に差はありませんでした。そのため(3)と(4)の実験についてはここで終了しています。

B)ここでも(7)~(10)の4群の間に摂取カロリー量には差がありませんでした。体重増加は、自由摂食(65%)>15時間(43%)>12時間=9時間(26%) となりました(括弧内は体重の増加率)。たとえ15時間の時間制限でも、好きな時に好きなだけ食べるよりは太りにくいということです。また9時間と12時間はほとんど同じだったので、12時間の時間制限給餌で十分ということもわかりました。また通常食の場合は、自由摂食でも肥満しないので時間制限の効果はありませんでした。

C)(11)の平日(5日間)は時間制限給餌で、週末(2日間)は好きな時に食べるという食事パターンでも、体重を抑制する効果があることがわかりました。体重増加率は毎日時間制限をするのと同程度でした。また、13週で時間制限給餌を中止して、自由摂食に戻した場合、その後急速に体重が増加し、最終的にはずっと自由摂食を続けるのと同じくらいまで肥満しました。一方、時間制限給餌を26週まで続けた場合、自由摂食に戻した後やはり体重は増加しますが、元に戻るところまではいかず、しばらくの間効果が持続するということがわかりました((12)群と(13)群の比較)。

D)高脂肪食によって、既に肥満してしまったマウスでも、その後時間制限給餌をすることで体重が減少することがわかりました。これは13週から始めた場合でも、26週から始めた場合でも同様です。ここでも重要なのは、カロリー摂取量には差が無いということです。

3.代謝の変化
この後論文では、上記のグループのマウスについて、全身の代謝を細かく調べています。全部を紹介すると大変な分量になってしまうので、大雑把に結果をまとめて紹介します。基本的には、上で体重の増加が抑えられた・もしくは肥満が改善したグループで、すべての項目において改善が見られたという結果です。

  1. 時間制限給餌によって肥満が抑えられたので、体脂肪量が減少し、脂肪組織への脂肪蓄積・炎症反応が抑制されました。この結果として、肝臓・血中の中性脂肪量が低く抑えられました(参考)。
  2. 時間制限給餌は血糖値と血中インスリン値を低く抑え、耐糖能異常とインスリン抵抗性を改善しました。
  3. 時間制限給餌は運動機能を高めました。特に持久力に関しては、通常食/自由摂食よりも、高脂肪食/時間制限の方がより高い運動能力を示すという結果になりました。これはなかなか面白い結果だと思います。
  4. 時間制限給餌は褐色脂肪組織の白色化、および肝臓における脂肪合成を遺伝子発現レベルで抑制しました。一方、白色脂肪組織においては脂肪合成・脂肪分解両方の代謝を高めました。また、筋肉と肝臓のタンパク質合成を高めました。
  5. 血中の代謝産物を網羅的に解析したところ、高脂肪食によって引き起こされる異常なパターンが時間制限給餌によって改善しました。
  6. 血中代謝産物のうち、特にコレステロール代謝関連の産物で変化が大きかったので、これをさらに詳しく解析したところ、肝臓のコレステロール代謝が遺伝子発現レベルで改善していました。

論文の内容は以上です。以下、補足説明です。
実験用マウスに普段与えている餌(上で言うところの通常食)はデンプンが主体で、あまり美味しそうではありません。普通のマウスをその餌で飼育している限り、好きな時に好きなだけ食べさせても肥満することは無いです。しかし、高脂肪・高果糖食といった美味な食事を好きなだけ食べさせるとマウスも簡単に肥満してしまいます(つまり人間社会で肥満が起きるようになったのは美味しい食品が作られるようになったからとも言えます)。しかし、それを同じ量食べさせるとしても、その時間を制限するだけで肥満を予防できるというのは面白い結果だと思います。しかも、この論文は、平日だけ時間制限すれば、週末はリズムを崩しても大丈夫であること、既に肥満してしまってからでも時間制限給餌が効果的であること、15時間という比較的緩い時間制限でも効果があることを示しており、人間にも適用できるとすれば、カロリー制限に比べてはるかに簡単に私たちの生活に取り入れられそうです。前回、何を食べるかという問題は複雑で奥が深いという話を書きましたが、いつ食べるかという問題に関しては比較的シンプルにまとめられそうです。その動物が本来活動する時間だけに食事を与え、そのあと絶食の時間を十分にとれば良いということです。今回の実験では夜間だけに餌を与えているのですが、昼間だけに餌を与えた場合、むしろ代謝の状態が悪化することが知られています。このことから考えて、私たち人間の場合は夕飯を出来るだけ早めに済ませて、翌日の朝食まで絶食するというのが良いだろうと思います。
ところで、なぜ同じものを同じ量だけ食べているのに、体重に差が出るのでしょうか。質量保存則から考えて、時間制限給餌によってエネルギー消費量が増加していないとおかしいということになります。今回の論文の著者らは、以前の論文でこのメカニズムに関して言及しています。時間制限給餌はコレステロール代謝を改善し、肝臓における胆汁酸合成量を増加させます。胆汁酸は胆汁中に分泌され、血液中には微量しか分泌されないのですが、胆汁酸合成が増加したことによって、血中の胆汁酸濃度が増加します。胆汁酸は褐色脂肪細胞において、甲状腺ホルモン活性化酵素を増加させ、甲状腺ホルモンを活性化します。そして、甲状腺ホルモンが褐色脂肪細胞におけるエネルギー消費を増加させるのです。実際には、全身の代謝が大きく変化しているので、他のメカニズムも存在するだろうと思います。しかし、食事をいつ食べるかによっても、エネルギー消費量が変化するということがあり得るのは確かでしょう。ダイエット法を考える場合には、その方法で痩せるメカニズムが原理的に存在するのかどうかを考えることが大切だと思います。




# by camelliarusticana | 2015-07-17 07:03 | 論文紹介
2015年 07月 12日

論文紹介:食事中タンパク質と炭水化物の比率およびカロリー制限の代謝に対する効果

今回から論文紹介は出来るだけ専門外の人の興味を惹くような内容のものを選んでいきたいと思います。その分、多少古い論文も紹介することになるかもしれません。

今回紹介するのは、"Dietary protein to carbohydrate ratio and caloric restriction: comparing metabolic outcomes in mice" (Cell Rep., 11, 1529-1534 (2015))です。

カロリー制限は今のところ、多くの動物種で寿命を延ばす効果があると報告されている唯一の方法です。また、代謝の状態を良くし、健康を保つ効果があるとも報告されています。しかしながら、30-50%のカロリー制限というのは、多くの人にとって簡単に実行できるようなことではありません。
同じだけのカロリーを摂取する場合、どの栄養素からエネルギーを摂取するかによって、代謝の状態が変わることもよく知られています。ダイエット業界で話題になる、糖質制限ダイエットというのもこの考え方ですね。食事中の栄養素の割合を変えるのは、カロリー制限に比べれば簡単そうに思えます。だからこそ糖質制限ダイエットが流行るわけです。筆者らはより簡単に行える栄養素の割合を変えるという介入がカロリー制限に比べて、どのような効果があるのかを、マウスを使った実験で調べました。

1.実験デザイン
この実験では、マウスを6つのグループに分けて、グループ間の比較を行っています。
(1)高タンパク質・低炭水化物食(HPLC)群:タンパク質60%、炭水化物20%、脂質20%
(2)中タンパク質・中炭水化物食(MPMC)群:タンパク質33%、炭水化物47%、脂質20%
(3)低タンパク質・高炭水化物食(LPHC)群:タンパク質5%、炭水化物75%、脂質20%
これら3グループをさらに、(1)自由摂食と(2)カロリー制限の2グループに分けて、合計6グループです。カロリー制限は、自由摂食に対して40%減のカロリーとなるように餌を与えます。また、餌は上記の三大栄養素以外はすべての成分が同じになるようになっています。これらの餌を、8週齢(人間でいうと15歳くらい)のマウスに8週間与えます。
※P:protein=タンパク質 C:carbohydrate=炭水化物

2.摂食量と体重の変化
自由摂食群ではLPHC>MPMC>HPLCの順に摂食量が高く、特にLPHC群の摂食量が高いということがわかりました。タンパク質の摂取は、脂質や炭水化物よりも優先されることが知られており、タンパク質含有量と摂食量が負の相関を持つのは、この知見と一致する結果です(つまり、タンパク質の摂取量が一定になるように餌を食べるので、低タンパク質食では全体の摂食量が高くなるということ)。
では、体重の変化はどうでしょうか。まず、カロリー制限群は、どの組み合わせであっても、自由摂食群に比べて体重が低く抑えられました。大体1割くらい体重が低いです。そして、自由摂食群ではMPMC>HPLC=LPHCとなりました。摂食量の高いLPHC群で体重が増えないのが意外な結果です。

3.代謝の変化
自由摂食のHPLC群では、血中インスリン、インスリン抵抗性の指標であるHOMA、血中中性脂肪、血中HDLコレステロールのすべての値がLPHC群よりも悪化していました。また、耐糖能も同様に悪化が見られました。HPLC群を含む、すべてのカロリー制限群ではこれらの値が良好でしたが、自由摂食のLPHC群との間に差はありませんでした。まとめると、代謝に関しては
カロリー制限=LPHC>MPMC>HPLC
の順に状態が良かったということです。

4.肝臓および膵臓の変化
肝臓に関しては、どの群でも大きな変化は見られませんでした。膵臓ではインスリン量に変化はありませんでしたが、自由摂食のHPLC群ではグルカゴン量が増加していました。上の代謝の変化には、このグルカゴンの増加が関与している可能性があります。

5.エネルギー消費の変化
LPHC>MPMC=HPLC>カロリー制限の順にエネルギー消費量が高いという結果になりました。自由摂食のLPHC群で摂食量が多いのに太らなかった理由はエネルギー消費量の増加によるものです。また、カロリー制限群も40%もの食事制限をかけている割には、体重が1割も落ちなかったのは、エネルギー消費量が低下したためです。

論文の内容は以上です。まとめると、
(1)低タンパク質・高炭水化物食が代謝を最も良くする。この効果はカロリー制限と同じレベルである。
(2)カロリー制限は、高タンパク質・低炭水化物食による代謝の悪化を抑制するが、低タンパク質・高炭水化物食に対してはそれ以上効果が無い。
ということになります。以下、補足です。
本論文の結果だけを見ると、糖質制限ダイエットなどで言われていることと真逆です。もちろん本論文は動物実験によるものですから、これがそのまま人間にも適用できるというわけではありません。動物実験はある限られた範囲において現象を見ているだけなので、実験のデザインが変われば結果が真逆になることもあり得ます。今回の実験では8週間という短期間の介入でしたが、低タンパク質・高炭水化物食を長期間続けると肥満すると報告している論文もあります。また、本論文の高炭水化物食はデンプンが主たる炭水化物源となっていますが、果糖がメインの炭水化物食を与えた場合、糖・脂質代謝が悪化することも知られています。さらに、今回の論文では若くて痩せたマウスを実験に使っていますが、肥満マウスや老齢マウスを使った実験であれば、また異なる結果が得られるかと思います。
栄養素をどのような割合で食べるのが健康に良いか、というのは栄養学において基本的な問題であり、中にはバランスよく食べるという以上の結論は出てこないと思っている人もいるかもしれません。ですが、実際には奥が深い問題なのです。個体差が非常に小さいはずの実験動物ですら、細かい実験条件によって様々な結果が出てくるわけですから、個体差の大きい人間においては、さらに複雑であろうと予想されます。このことから考えて、誰もが痩せられるとか、健康になれるといった唯一つの方法というのは存在しないのではないでしょうか。自分に合った自分だけの方法を見つけていくことが重要かと思います。


# by camelliarusticana | 2015-07-12 21:32 | 論文紹介
2015年 07月 05日

ドーナツの穴はドーナツの内側か

毎回長い記事を書こうと思うと挫折してしまうので、今回は短めの内容で書きます。
言うべきことは多くないので短くなると思うのですが、だからと言って重要じゃないというわけではありません。

体に流入するエネルギーと流出するエネルギーの流れを考える上で、重要な話として、体の外と中の区別があります。そんな当たり前の話、と思われるかもしれませんが、意外と見落とされがちなように思います。
たとえば、皮膚の表面が体の外側ということに関しては誰もが納得すると思います。一方で、消化管の中が体の外側であるということはあまり意識されないのではないでしょうか。消化管は元々、球体である胚の表面が陥入していって、最終的に貫通した穴なので、結局のところドーナツの穴と同じだと考えればいいと思います。ドーナツの穴に面している部分もドーナツの表面ですね。ですから、消化管もやはり体の表面なのです。私たちの消化管には腸内細菌が存在していますが、彼らがそこに存在するのも、消化管が体の表面だからです。もしも体の内部に細菌が存在していたら、それは感染症です。消化管に細菌が存在するのは、皮膚に細菌が付着しているのと同じことなのです。

消化管が体の外側であることを理解すると、様々な用語の意味も分かりやすくなります。たとえば、消化・吸収という用語があります。消化は食べたものを細かくしていく過程ですが、その後の吸収というのは、体の外側である消化管内から体の内側に栄養をを取り込む過程を意味します。他には、内分泌・外分泌という用語もあります。血管は消化管とは異なり、皮膚や粘膜を突き破らない限り到達できません。ですから、血管の内部は体の内側です。内分泌というのは、血管など体の内側に生理活性物質を分泌することを指します。血中へのホルモンの分泌などのことです。もう一方の外分泌というのは、消化管や皮膚表面など体の外側に物質を分泌することを指します。消化管内への消化液の分泌は外分泌です。

エネルギー代謝を考える上で、消化管が体の外側であることはどんな意味があるでしょうか。重要なことは、沢山の食べ物を食べたとしても、それが消化管を素通りすれば、それらの物質は体の中に入ってこないので、体の内部に貯蔵されないということです。実際のところ太らないために、栄養素を素通りさせて排出するのはあまり現実的ではないように思いますが、糖尿病の場合には、この消化・吸収をターゲットとした治療も考えられます。糖分が消化管から吸収されるのを抑制できれば、血糖値の上昇を抑制できます。吸収を完全に阻害するのはいろいろ問題がありそうですが、血糖値の上昇を抑えるためには、吸収速度を遅くするだけでも効果があるでしょう。
飲食をすると、その分だけ体重は増加しますが、その時点ではまだ飲食物は私たちの体の中に入っていない、ということは覚えておいていいと思います。食べた後、それが吸収されなければ私たちはエネルギーを獲得できません。消化管の中が体の外側である、という点を理解しておくと、消化器系の重要性や、腸内環境を健康に保っておくことの意義にも理解が深まると思います。


# by camelliarusticana | 2015-07-05 10:00 | 生物学
2015年 07月 03日

論文紹介:視床下部POMCニューロンはカンナビノイドによって引き起こされる摂食行動を促進する

ずいぶん間が開いてしまったので、少し前の論文になってしまいますが、"Hypothalamic POMC neurons promote cannabinoid-induced feeding" (Nature, 519, 45-50 (2015))を紹介したいと思います。

カンナビノイドとは、大麻に含まれる化学物質の総称です。大麻に食欲増進作用があることは古くからよく知られており、この作用はカンナビノイド受容体を介して引き起こされるということも知られています。今回の論文はカンナビノイド受容体からのシグナルが、どのようにして食欲を調節する神経機構に作用し、食欲を増進するのか、ということを研究したものです。

前回の記事で、食欲を調節する神経機構として、NPY/AgRPニューロンとPOMCニューロンについて簡単に触れました。前回書いたとおり、POMCニューロンは一般的に食欲を抑制する方向に働きます。これは、今回の論文のタイトルと一見矛盾しているように思えます。POMCニューロンがどのようなメカニズムで食欲を増進するのか、それが本論文のポイントだと思います。

それでは論文の内容を見ていきましょう。

1.CB1RはPOMCニューロンを活性化する
最初に、カンナビノイドのシグナルがPOMCニューロンの活動にどのような影響を与えるかを調べました。カンナビノイド受容体にはCB1RとCB2Rの二種類が存在し、CB1Rが食欲の増進に重要であることが知られています。そこで、彼らはカンナビノイド受容体のうち、CB1Rだけを活性化させる合成カンナビノイドであるACEAをマウスに投与する実験を行いました。ACEAを投与すると短時間(2時間以内)で食餌摂取量の増加が見られました。この変化は、CB1R遺伝子欠損マウスでは見られないため、カンナビノイドによる摂食量の増加はCB1R依存的であることがわかります。次に、ACEAを投与した後の脳内のcFOS遺伝子の発現を調べました。cFOSは神経細胞の活性化に伴って発現する遺伝子で、神経細胞の活性化の指標として使われています。ACEAを投与すると、視床下部のPOMCニューロンでcFOSの増加が見られました。また、ACEAはPOMCニューロンの電気的活動を高めるということもわかりました。ここまでに書いた実験では、ACEAを全身投与しているのですが、彼らはACEAの視床下部への投与も試しています。ACEAを視床下部に投与した場合でも、POMCニューロンでcFOSの発現が増加したことから、カンナビノイドは視床下部に直接作用していることが示唆されました。ということで、カンナビノイドはCB1Rを介してPOMCニューロンを活性化しているということがわかったのですが、実はCB1Rは、神経細胞の活動に対して抑制的に働きます。それではなぜ、カンナビノイドがPOMCニューロンを活性化できるのでしょうか。論文では、CB1RはPOMCニューロンではなく、POMCニューロンに入力するGABAニューロンに存在していることが示されています。GABAは代表的な抑制性神経伝達物質であり、GABAニューロンは下流の神経細胞を抑制する働きを持ちます。つまり、

カンナビノイド
↓ 抑制(CB1R依存的)
GABAニューロン
↓ 抑制
POMCニューロン

と、抑制の抑制によって、POMCニューロンを活性化しているというわけです。

2.POMCニューロンはカンナビノイド依存性の摂食行動を誘起する
次に、POMCニューロンの活性化が、カンナビノイドによる食欲の増進に重要かどうかを調べました。これを調べるために彼らはDREADD法(Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs)という方法を用いました。DREADDについて、参考になりそうなページを探してみたのですが、パッと見た感じ日本語では良さそうなページが無かったので、そのうちに自分で書きます。今回はこれを説明すると長くなってしまうので、割愛しますが、簡単に言えば、人工的な受容体と人工的な薬剤を使って、特定の神経細胞だけを活性化したり、抑制したりする手法です。今回の論文ではこの方法を用いて、POMCニューロンを活性化したり、抑制したりしたときに、カンナビノイドによる食欲増進作用がどう変化するかを調べています。
上でも書いた通り、合成カンナビノイドのACEAを投与すると、摂食量が増加します。この時、POMCニューロンを抑制しておくと、この増加がブロックされることがわかりました。一方、POMCニューロンを活性化した状態でACEAを投与すると、普通にACEAを投与した時よりもさらに摂食量が増加するということもわかりました。これらの実験から、カンナビノイドによる食欲の増進にはPOMCニューロンの活性化が重要な役割を持つことが示されました。

3.CB1Rはβ-エンドルフィンの放出を促進するがα-MSHの放出には影響しない
POMCというのは、プロオピオメラノコルチンの略なのですが、この遺伝子からは何種類かのタンパク質が作られます。β-エンドルフィンとα-MSH(メラニン細胞刺激ホルモン)はどちらもPOMCから作られます。そして、β-エンドルフィンとα-MSHは同じ遺伝子から作られるにも関わらず、全く異なる作用を持ちます。β-エンドルフィンは比較的名前が知られており、モルヒネと同様の働きを持つ内因性の物質で、脳内麻薬などと呼ばれます。多幸感をもたらす一方、食欲に関しては促進的に働きます。一方、α-MSHは代表的な摂食抑制物質で、POMCニューロンが食欲を抑えるのは、α-MSHの作用によるものです。上にも書いたように、今回の論文のポイントはここです。彼らは、合成カンナビノイドACEAを投与した時に、視床下部でβ-エンドルフィンの放出が増加する一方で、α-MSHの放出は変化しないことを発見しました。普段、食欲を抑える働きを持つPOMCニューロンが、食欲増進に働くメカニズムはここにあったのです。

4.CB1Rはオピオイド受容体を介して摂食を増進する
β-エンドルフィンはオピオイド受容体に作用することがわかっています(オピオイドはモルヒネなどの麻薬やその類似物質)。カンナビノイドによる食欲増進作用にβ-エンドルフィンが重要であるならば、この作用はオピオイド受容体を介していると考えられます。そこで、次にオピオイド受容体の阻害剤を投与する実験を行いました。ACEAを投与すると、摂食量が増加しますが、この作用は、同時にオピオイド受容体の阻害剤を投与しておくと完全に消失しました。ここまでの実験をすべてまとめると以下のようになります。

カンナビノイド
CB1R
↓ 
GABAニューロンの抑制
POMCニューロンの活性化
β-エンドルフィンの放出の増加
オピオイド受容体シグナル
食欲増進


5.CB1Rを介したβ-エンドルフィン放出の増加にはミトコンドリアが関与する
ここまでの実験から、カンナビノイドが食欲を増進する全体像は上に書いたように考えられます。しかし、なぜPOMCニューロンから、α-MSHではなく、β-エンドルフィンの放出だけが増加するのか、その理由は不明のままです。最後に、彼らはPOMCニューロンの細胞内のメカニズムについて調べました。CB1RはPOMCニューロンの上流にあるGABAニューロンに存在していると書きましたが、実はPOMCニューロンにもあることを彼らは示しています。通常、受容体は細胞の表面に存在して、細胞外の情報を細胞内に伝える働きを持ちます。しかし、POMCニューロンにあるCB1Rは細胞表面ではなく、細胞内のミトコンドリア上に存在します。カンナビノイドは細胞膜を通過して細胞内に入ることができるため、細胞内の受容体にも作用します。彼らは、ACEAの投与がミトコンドリアからの活性酸素の放出を増加させることを見出しました。ミトコンドリアからの活性酸素は、神経活動に重要な役割を持つことが知られています。活性酸素による神経細胞の活性化には、ミトコンドリア上に存在するUCP2というタンパク質が必要です。最後に、彼らはUCP2遺伝子欠損マウスを実験に用いました。UCP2遺伝子欠損マウスは、ACEAを投与しても、摂食量が増加せず、また、β-エンドルフィンの発現も変化しませんでした。これらの実験でも、カンナビノイドがβ-エンドルフィンの放出だけを増加させる直接的なメカニズムはわかっていないのですが、少なくとも、このメカニズムにミトコンドリアが必須であるということがわかりました。

最初に書いた話の繰り返しになりますが、POMCニューロンは、最も代表的な食欲抑制性の神経細胞の一つです。その細胞が食欲を増進する作用を持ち、しかもそれが、大麻による食欲増進というよく知られた現象のメカニズムになっている、というところが本論文の面白いところだと思います。


# by camelliarusticana | 2015-07-03 01:07 | 論文紹介